妊娠中の夫の浮気

私は、次女を妊娠中に夫に浮気をされました。

元々長女を立ち会い出産した後は、性生活が二度しかなくて、その一回で次女を授かったんです。

その時は長女の子育てで手一杯で、夫を省みる余裕は全く無かったんです。

そして次女を妊娠して、安定期に入った頃から夫が仕事から帰るのが遅くなってきました。

いつもなら、遅くても8時に帰ってくるし酒を飲む事もしない夫です。

最初は後輩の仕事の悩みを聞きながら飲むと言う事だったので、夕飯もいらないと言われて楽だとしか思って無かったんです。

きちんと遅くなると電話もあったし、十時には帰ってきてたから疑う事も無かったのですが、それが電話があっても予定時間に帰って来なくなり、果ては電話も無しで午前様になるようになりました。

流石におかしいと思ったし、飲みに行ってる割にはお小遣いの増額とかは言われないのが不思議だと思いました。

それでいけない事だと分かりながらも、携帯をチェックしてしまったんです。

ロックもかけていない夫の携帯には、浮気をしているメールの山でした。

名前こそ偽名で男性になっていましたが、中身を見たら一目瞭然です。

一番ショックだったのは、私の立ち会い出産をしたから性的にダメになったのが、浮気相手なら大丈夫だとか、離婚するから一緒になろうといったメールでした。

立ち会い出産は夫が望んだ事ですし、不能になったわけでもないのに浮気相手にそう言っている事がとてもショックだったんです。

お風呂から出てきた夫に、浮気相手と一緒になりたいのかを聞きました。

夫は携帯を見た事に怒ると思ったのですが、怒るよりも焦って動揺していました。

別れるなら次女の認知だけはお願いしますと言ったら、いきなり謝られ別れないと言われたんです。

だったら、この離婚するってメールは何かと聞いたら、勢いで打ってしまっただけで、遊びだと開き直ったんです。

正直言って、この態度には呆れました。

じゃあ浮気相手に嘘をついたのか、どこの誰なのか、浮気相手も遊びなのかを立て続けに聞いたら、夫は黙ってしまったんです。

幸い私の実家は近いので、直ぐに荷物を纏めて実家に帰りました。

そこから長女を幼稚園まで迎えに行ったら、夫が仕事を休んできてました。

再構築はしましたが、今でも忘れられない出来事です。

里帰り中に自宅に女を連れ込んだ夫と離婚しました

結婚と同時に新築マンションを購入しました。新築マンションということで、ご近所づきあいもかなり親密で、特に妊娠が分かってからは、同じ時期に妊娠したママやすでに子どもがいるママたちとはかなり仲が良くなりました。マンション内では家族ぐるみでおつきあいしている人も何人かいるような状態でした。

私は結婚してマンションを購入してすぐに、第一子を妊娠しました。初めての子どもということで、里帰りをすることになりました。自宅から里帰りする実家までは車で4時間ちかくかかります。また、出産する産婦人科の意向で8か月くらいから里帰りしなくてはならず、結局自宅を4か月近くあけることになってしまいました。

夫は赤ちゃんが大好きで、もともと早く子どもがほしいと言っていました。里帰りして出産するまでは実家に、私に会いに来たりはしませんでしたが、子どもが生まれてからは、仕事が休みの時は必ず会いに来ていました。だいたい毎週1回は実家に会いに来ていたと思います。そして早く戻ってきてほしいということをいつも言っていました。出産前も出産後も毎日電話していましたし、まさか夫が里帰り中に浮気をしているとは夢にも思いませんでした。

夫の浮気が発覚したのは、同じマンションに住むママ友からの話でした。同じフロアに幼稚園に通う子どもがいるママ友がいて、結構仲がよかったのですが、そのママ友が夫が女性を自宅に連れ込んでいるところを何回か目撃していたのです。初めて見たときは家族だろうと思っていたそうなのですが、何度か酔っぱらってとても親密そうにしている二人を目撃して浮気と確信したそうです。黙っていようかとも思ったけど、自宅に浮気相手を連れ込んだのは同じ主婦として絶対に許せないし、そんな家に私が幸せそうに住んでいることを見れなかったとママ友は泣いていました。

夫に問い詰めたところ、同じ会社の後輩を連れ込んでいたと白状しました。妻が命がけで子どもを産んでいるときに浮気され、しかも自宅にまで連れ込まれて、本当に当時は鬱になるくらいショックでした。

結局夫とはやり直すことができず、夫が浮気を認めた直後に実家に帰りました。実家の両親にすべて話すと両親も激怒して離婚するように言われました。夫からはやり直したいといわれましたが、顔を見るのも気持ち悪くなっていたので離婚した現在、とても幸せです。

産後の急激な変化について

妊娠は女性の体が想像以上に変化していきます。出産してすぐに元に戻るわけではなく、数カ月かけて少しづつ妊娠前の体に戻ります。その過程で様々な体の不調が起ります。私は3人の出産を経験しました。その時の経験を説明したいと思います。

・腹痛
産後すぐは、妊娠で大きくなっていた子宮が急激に戻る事による腹痛が激しいです。子供を産むにつれ痛みは強いと言われています。実際3人目の時は陣痛より後陣痛の方が辛かった記憶があります。これについては入院中は痛み止めを処方してもらう事ができます。そして徐々に痛みも和らいでいきます(私は1ヶ月程度)

・寝不足による頭痛・めまい
初めての出産は『寝不足』との戦いです。今まで自分の好きな様に寝ていた生活から子供の時間に合わせ起きなくてはいけません。2~3時間おきの授乳による寝不足で、私は頭痛やめまいがありました。初めての子供の時は、母親になったんだから自分が頑張らなくてはと気負い過ぎていましたが、たまにはミルクをお願いしてまとまって睡眠をとる事も大切だと思いました。

・抜け毛
産後数カ月すると抜け毛がひどい時期があります。出産により増えていた女性ホルモンが、急激に減少する事により起ります。
シャンプーの後にあまりの抜け毛の量にとても驚いた記憶があります。通常はしばらくすると元にもどりますが、その時はこのまま抜け続けるのだろうかと不安になりました。

・疲労感→甲状腺疾患
私は産後何カ月経過しても、休養をとってもなかなか疲労感が抜けませんでした。でも慣れない子育てで疲れているだけだと思っていました。そんな時健康診断を受け、甲状腺疾患が見つかりました。産後のホルモンの乱れで女性ホルモンが通常より少なくなっているという事でした。

女性で今まで通常だったホルモンが減少する原因の多くは出産という事でした。ホルモンを補う薬を服用する事で徐々に疲労感もなくなっていき、数値も元に戻りました。育児は疲れて当たり前と思っていても、あまりに続く時は私の様に何か他に原因がある時もあります。

上記は体調の不調の全てではありませんが、改めて女性が妊娠・出産をする事は体に大きな変化と負担がかかる事だと思いました。

二人目はどうしても女の子が良かった

1人の時妊娠して元気ならば女の子でも男の子でもどっちでもいいななんて思っていました。出産して子育てをしていると男の子は男の子で可愛いんです。やんちゃで甘えん坊で泣き虫でママ大好きな男の子です。

でも、お友達が女の子を出産して成長している姿を見ると女の子は女の子なりの可愛いさがあります。

一番はやっぱり服ですね。

女の子の服って可愛いのが沢山あって男の子の服よりも目をひきます。髪の毛を結んでみたり編んでみたりとオシャレするのが楽しいです。だから、二人目は女の子がいいなと思い始めました。私たち夫婦は夜の営みが月1程度でした。その中で産み分けをするのは困難なのかなとも思いましたがやってみないと分からないので私なりに調べて実践してみました。

それは、排卵日の2.3日前に行為をするといういたって簡単なことです。

女の子になる精子は男の子になる精子よりも長生きをすると聞いたので排卵日2.3日前に行為をすれば受精する頃に男の子になる精子は女の子になる精子よりも減るという事になります。

なので排卵日の2.3日前に行為をして男の子になる精子を減らせば女の子になる精子の方が受精しやすくなります。もちろん100%ではないです。私はたったこれだけのことでしたが女の子を妊娠することができました。

良く、1人目の襟足がまとまっていたら二人目は男の子と聞きます。私の1人目の息子の襟足も綺麗に真ん中でまとまっているので二人目もきっと男の子なんだろうなと半信半疑で産み分けに挑戦しました。それで二人目が女の子だと分かり、襟足の話はなんの根拠もないんだとわかりましたね。

排卵日がいつなのかを知るにはおりものを観察すると良く分かります。排卵日が近くなると透明で伸びるおりものが出始めるのです。そうしたら行為をするといいと思います。排卵日当日あたりのおりものは一番おりものが伸びます。まるでスライムのような感じです。これはネットで調べて私が実際にやってみたので当たっていると思います。

産み分けは体質などにもよるかと思いますが性別にこだわる方はやってみてください。もう一度言いますが100%ではないです。でも、やらないよりはやってみるのが一番だと思います。

伝わらない悲しさ

私は結婚後も仕事を続けたいという意思いが強く、夫には子どもを待ってもらっている状態だったのですが、夫はずっと子どもを望んでいたため結婚3年目に妊活を始め、3ヶ月後には赤ちゃんを授かることができました。妊娠の報告をした時はとても喜んでくれて、これからは家族3人でいろんなことを乗り越えていこうと言ってくれたことは、涙が出るほど嬉しかったのを覚えています。妊娠周期が進むにつれてつわりの症状が出始めたのですが、私はその症状が少し重く食べ物を全く受け付けないのはもちろん、水を飲んでも吐いてしまう時期が続き、定期的に点滴してもらいに受診していました。

しかし夫はいつもと変わらない生活を続けていました。つわりがひどくて点滴を受けに行っていることを伝えると、口では「無理せずゆっくりしてね」と一見優しい言葉をかけてくれるのですが、そのあとに「家事はできる時にやってくれたらいいから」と優しい口調で言ったのです。

確かに今まで共働きでも家事はほぼ私がやっていました。なので夫は家事はほとんどできません。

しかし今はその時とは状況が違うことに気づいていないのです。そしてご飯の臭いを嗅ぐだけでも吐き気のする私に、普段のように「ご飯おかわり」と茶碗を渡すのです。もちろん私は食べられないので夫の食事の準備をしたらリビングに避難している状態なのに。極めつけは、体調が悪く食事の準備ができなかったときに、私のとなりで臭いの強いカップ麺を食べ始めたのです。つわりの経験はなくてもこの辛さがどうして全く伝わらないのか、怒りを通り越して悲しくなりました。

夫は優しい人で、私が家事ができてないことも朝起きられないことも怒ったことはありません。口調も穏やかで優しい言葉もかけてくれます。でもただそばにいてほしいと思っても頻繁に飲み会に参加し深夜に帰ったきたり、吐き気をこらえている私のそばで食事をしたりできるのです。夫の優しい言葉も心からではなく口だけなんだと思うとますます悲しくてたまりませんでした。

3カ月以上続いたつわりも落ち着き少し妊娠生活が楽になったのもつかの間、お腹の張りが強くなり切迫早産の診断を受けてしまいました。

里帰り出産の予定だったので早めに仕事を休み実家に帰ることとなったのですが、このときも「大丈夫?」と尋ねるばかりの夫。私は赤ちゃんのことが心配で不安でたまらないのにそのことは察してくれず、里帰りの準備も1人でし「気をつけてね」という夫の優しい言葉に見送られ実家まで4時間以上かかる距離を1人で帰りました。子どもを強く望んでいたのは夫なのに父になる自覚が全くなく今までと何も変わらない夫と母になろうとする私の違いすぎる価値観・温度差に最も困りました。

周りのプレッシャーと自分自身へのプレッシャー

7年間お付き合いをし、私は28歳の時に結婚しました。結婚したのを機に、旦那と子作りを解禁しました。でも一年経っても二年経っても子供は授かりませんでした。私も旦那も子供が欲しいと思っていたのですが思ったようにはいかなかったのです。最初の半年は妊娠しなくても気にせず過ごしていましたが、さすがに一年過ぎると気にせずにはいられませんでした。

お正月やお彼岸などで実家に行くとどちらの両親からも結婚して一年経った頃から孫の顔が見たいとか、孫の話をよくされるようになり、気持ちはわからなくもないですが私も子供が欲しいのにそんなこと言われたってと悔しい気持ちと苛立ちとでものすごく嫌でした。不妊という言葉が頭の中を駆け巡り、産婦人科に行って検査を受けようかと思いましたが、そこで自分に不妊の原因があるとわかったら治療法や妊娠に向かう別の方法があるのかもしれませんが、その事実を知ることがとても怖くてたまりませんでした。

ネットで2年間自然に妊娠できなければ不妊の可能性が高いという情報をみて、二年経とうとしていたある日思い切って産婦人科に行き、様々な検査をしてもらいました。結果、私に特に異常は見られませんでした。旦那は不妊が自分が原因だとかそんなことはまだ考えたくないし、受け入れられないようでその時は検査を受けることはなく、妊娠するにはどうしたらよいかとか、ネットで情報を探しているのは結局私自分だけで、悩んでいるのも自分だけなのかと虚しい気持ちにもなりましたがとにかく一歩前進したくて行ったのです。

そんな旦那だったので旦那が不妊の原因だったらもう一生子供は無理なのかも…と思ったら涙が止まらなく、鬱々とした日々を過ごしました。けれど時が経つにつれてこのままでは私の人生ものすごくつまらないものになってしまうと思い、子ども子どもと妊娠だけを考える生活は辞めようと思えるようになりました。そこからは趣味のネイルを勉強士試験を受けたり、旅行に行ったりして過ごしました。旦那が私の誕生日にプレゼントしてくれた沖縄旅行、その時に赤ちゃんを授かることができました。心のどこかで妊娠できたらという思いがなかったわけではありませんが、排卵日は過ぎていたはずだったので妊娠したという事実にびっくりしました。結婚して5年目のことです。心が苦しかったことたくさんあったけれど、授かることができて本当に良かった…それまでは思い詰めていたので妊娠できなかったのかもしれませんね。心穏やかであることの大切さに気が付きました。

夫の理解が得られず苦労した子作り

高齢だったため子供をつくるにはもう時間がないとあせって、自分なりにいろいろ調べて基本的なことですが基礎体温をはかりタイミングを調整する事から子作りをはじめました。夫は年下だったこともあり焦る私の気持ちをなかなか理解してもらえず、男性は単純だから回数をかさねれば自然に妊娠はするものだと言ってタイミングをあわせる事の意味を分かってもらえず苦労しました。

なんとか説得してタイミングを合わせるようにしてもらいましたが、お互い仕事をしているとタイミングを合わせるといっても仕事で疲れているので寝てしまったり・・強い気持ちがないとタイミングをあわせるのにも一苦労。

義務的になってしまうと夫婦関係がギクシャクしてしまい喧嘩をしてしまうので、何のために子供が欲しいのかを自分に言い聞かせて無理強いはしないように気持ちは焦っているけどその気持ちが表に出すぎて夫に負担にならないように努力しました。子どもができても離婚してしまったら意味がないし、もし産むことができたら子供の幸せのためにはお父さんが必要だと思ったので。

それでも、タイミング療法だけでは簡単に妊娠することはできず,もしかして自分の体に何か問題があるのではないかと悩みました。悩んでいると考えすぎて悪い方ばかりに気持ちがいってしまったので、子作りどころではなくなってしまいました。そして、初めは夫に内緒で不妊治療の専門病院に行きました。

まずは基本的な検査からでしたが、やはり夫に話さない訳にはいかないので話すと予想通りどうしてそこまでするのか?と理解を得ることができませんでした。

それほど悩んでいるんだという思いやりがなかったことにショックをうけましたが、男の人には分からないことだってあるんだと思い,とにかく私の検査だけということで了承してもらいました。初期の検査では特に問題がなく、自己流でないタイミング指導をして頂くことにしました。

高齢なのでタイミング療法だけでは妊娠がむずかしければいろんな選択肢を考えていかなければいけないんだという事でさらに気持ちは焦りましたが、タイミング指導だけで妊娠することができました。夫は自然にしていても妊娠できたんじゃないかと今でも言っていますが、いろいろ悩んで苦労した結果だと私は思っています。

2人目の子育てもやっぱり大変でした

1人目の長男が4歳の時に、2人目の長女が生まれたのですが、2人目の子育てもやっぱり大変でした。もちろん、2人目だからいろいろ分かっていて、慣れているので赤ちゃんの扱いとかそういう点は楽だったのですが、困るのは、1人目もまだ小さいので、2人とも相手をしなければならないことです。2人目ができると、やっぱり1人目が赤ちゃんに焼きもちを焼いたり、ちょっと不安定になったりします。長男は穏やかな性格なのですが、それでもやっぱり長女に焼きもちを焼いて、眠っている赤ちゃんの長女の頭をぱしっと叩いて行ったりとか、ちょっといじめたりしていました。頭を叩かれた長女はわあっと泣くし、長男を叱りましたが、淋しいのかな、とも思い、複雑でした。

赤ちゃんにかまけていると、上の子がやたらとくっついてきたり、甘えてきたりするので、二人を相手にしなければいけないところが大変でした。上の子にも淋しい思いはさせたくないし、突き放すこともできないし、一挙に手間が2倍になりました。

外を歩く時に、赤ちゃんを前にだっこひもで抱っこして、上の子は手をつないで歩いていたのですが、上の子が甘えて、自分もおんぶしてほしいとだだをこね、自分で歩かなくなってしまったので、仕方なく上の子をおんぶしました。前に赤ちゃんを抱っこし、4歳の長男をおんぶして必死に歩いていたところ、向こうから来たおばさんがそれを見て、長男に、「お兄ちゃん、自分で歩けるでしょ。ちゃんと一人で歩きなさい。」と言って立たせました。私に、「そういう無理をしていると年取ってから腰とかに来て大変なのよ。」と言っていました。

2人目の子育ては、2人目一人だけならば経験があるので楽といえば楽なのですが、上の子と両方の面倒を見なければならない場合には、2倍の大変さになってしまうと思います。上の子と年が離れていたりして、上の子が赤ちゃんの面倒を見てくれたりすれば、だいぶ楽だろうと思うのですが。ですから、2人目一人だけで見た場合には子育ては楽になると思います。上の子の年が近い場合には、二人ぶん子育てをしないといけないし、上の子が赤ちゃんがえりしたりすることもあるので、そのあたりが大変になるかと思いました。

2歳差で産まれた次男

長男を産んだ後にすぐに仕事に復帰したかったので、もう子供は作らなくても良いかなぁと思っていたのですが、そんな時に2人目の妊娠が発覚しました。長男が1歳半の時です。産むか産まないか少し迷ったのですが、やはりせっかく宿った命を大切にしたく、また、周りで2、3人目の子供を産んでいる友人達を見て、兄弟がいてもいいかなぁと思うようになり出産を決意しました。長男の時にはつわりなどが激しかったのですが、次男の時にはあまりつわりもなく、一度経験していたということもあり出産までも気楽に過ごすことが出来ました。次男が産まれた後は、2歳になった長男がやきもちを焼かないように、出来るだけ長男へのスキンシップを増やしました。夫が家にいる時には、次男の面倒を夫に頼み、私は長男と公園に遊びに行ったり、たくさん抱っこしてあげたりしました。それがよかったのか、長男は2歳にして意外にもお兄ちゃんの自覚があるようで、おむつ替えをしたりしているとガーゼを取って来てくれたり、次男の頭を撫でてくれたりしてくれるようになりました。そんなかけがえのない2人の姿を見て本当に産んでよかったなぁと思っています。

大変だったのは仕事への復帰です。先送りになってしまった分、さすがに前の職場には戻りづらく、次男が6ヶ月になった頃から家の近所でパートを始めました。それまでは正直、夫の給料だけで生活していくのはきつかったのですが、子供が小さいうちはそんなに出費もなかったので貯金を切り崩して生活していました。また、電車で30分の所にある実家にはあまり迷惑をかけたくなかったので、保育園を探したのですが、都内のため待機児童になってしまい無認可の保育園しかなく、保育園代が8万円かかってしまうということが分かり、自分たちの空いた時間でお金を貯めようと、早朝6時から11時のレジのパートを始めました。幸い、夫の職場がシフト制で時間に対応してくれる会社だったので、夫にはお昼からのシフトになるようにしてもらい、今の所は自分達でなんとかなっている次第です。次男が1歳になったら、保育園を探し、2人を預けてフルタイムで働こうと思っています。

お金の苦労はありますが、かわいい子供達の顔を見ているとがんばろうと思えます。もうすぐ、3歳と1歳になる息子達。ただただ元気に育ってほしいと思います。

妊娠中の眠気

妊娠すると、様々な体調の変化があり、その時期毎に対策を考えなければなりません。私は、悪阻はほとんどなかったのですが、特定の匂いが苦手になったり、必要以上にイライラして主人に当たったりしていました。

中でも一番困ったのが、強い眠気です。

妊娠3ヶ月から6ヶ月頃に特に感じられた体調の変化でした。予定がなければ朝主人を見送った後お昼前まで寝て、また午後二時間ほどお昼寝、10時頃には眠くなるといったペースでした。予定が無い日は良いのですが、困るのは仕事中です。

当時、デパートのカウンター業務をしていたのですが、立って待機する時間が長く、その間眠くなるのが困りました。接客対応していても、眠気は襲ってきて、一日中ぼんやり過ごしているような状態でした。パソコンでの入力もある仕事だったので、妊娠前より入力に時間がかかるようになり、困りました。

妊娠したというだけでも、職場で迷惑をかけたり気を遣ってもらう場面が増えるのに、眠気で仕事がはかどらないのはとても申し訳なく、肩身が狭い思いをしました。通勤時は緊張感からか、ありませんでしたが、それまであまりしなかった電車での乗り過ごしも数回経験しました。眠気が強いので、車の運転は控えるようにしました。

ぼんやりしているので、家事もやる気が起きず、仕事のある日の夕食はかなりの手抜きでした。妊娠中は、食事にも気を遣った方が良いのに、出来合いのお惣菜を食べる機会が増えて、良くなかったなと反省しています。妊娠7カ月になる頃には逆に眠れなくなり、夜中に何度も目が覚めるようになりました。これは、後から調べたら産後夜中の授乳に身体が耐えられるように準備をしているからだそうです。

物理的にも、お腹が大きくて、仰向けでも横向きでも苦しくて同じ体勢が取れないという事もありました。7カ月以降は日中の眠気も治まり、それまでほどぼんやりせずに過ごす事が出来ましたが、この時期の立ち仕事はなかなかに辛く、妊娠中の仕事はどの時期も大変でした。悪阻以外にも妊娠中の体調の変化は色々なものがあるのですね。眠気が強くなりこんなに困るとは、予想外でした。

初めての妊娠だったので、刻々と変化する自分の身体と体調に振り回される10ヶ月間でした。