魔の2歳児

子どもが嫌いになりそうと思ったことは、2歳のイヤイヤ期、反抗期真っ只中のときです。朝起きてオムツを替えるのもイヤ、着替えをするのもイヤ、出かけるときに靴を履くのもイヤ、出かけたら帰るのもイヤ、お風呂に入るのもイヤ、歯磨きするのもイヤ、寝るのもイヤ、とにかくイヤイヤばかりでした。これをしたら公園に行って遊ぼう、美味しいおやつ食べよう、など楽しいことが待っているということを言ってみたり、逆に、もうママは知らないよ、先に出かけちゃうよ、など言って突き放してみたり、いろいろ言ってみて、どう言ったらイヤイヤが少なくなるのか、短時間で済むのか、というのに試行錯誤しました。でも何を言っても変わらず、毎日行うことの一つ一つにいちいち時間がかかるので、イライラがつのる日々でした。

また、態度もかなり反抗的で、例えばご飯のとき、わざとお茶をこぼして、もうこぼさないでね、というと何度も繰り返したり、物を投げないでね、というと逆に周りにあるものをどんどん投げ出したり、言うことを全く聞かず、注意することにもうんざりで、でもいけないことはいけないと伝えなければだし、と本当にどうしたら良いのかわからなくなることもしばしばでした。

2歳児というのは自我が出てきて自己主張をする時期ということはわかっていたつもりでしたが、いざ自分がそういう状態に直面すると、やはり冷静に優しく対応するのは難しいです。すごく欲しかった子どもなのに、かわいいはずなのに子どもが嫌いになりそう、と不安に思うこともありました。大きな心で受け止めてあげたいとも思うのですが、感情的になってしまって、もう勝手にして、もう知らないからなど冷たく言い放ってしまうこともしばしばでした。でも後から冷静になって、ごめんねと反省したりもしました。

専業主婦で、平日は夫も帰りが遅いため、毎日子どもと2人で過ごしていたので、ストレスを発散する場もなく、どんどん溜まってしまったというのもあったと思います。外に出かけるようにしたり、ママ友と話して共有することで少しずつ気晴らしするようにしました。その時々で子どもに関する悩みはあると思いますが、2歳のイヤイヤ期は子どもが産まれて初めての試練でした。

長女が次女に大きな怪我をさせてしまい長女を嫌いになっていました

当時子供達は長女9歳、次女7歳、長男1歳でした。上の子二人はプールに通っていました。プールに行く時の話です。私は下の子をチャイルドシートに座らせ二人が出てくるのを運転席で待ってました。長女が玄関から出てドアを持ちながら妹が出てくるのを「早くして~」とイライラしながら待っていました。妹が玄関を出てまだ右足が出終わっていないのにドアを強く押して閉めてしまいました。

妹は足首を挟まれ長女は慌ててドアを引っ張り開けました。妹は「痛いよ~」と玄関先で転んで地面に転がり落ちました。「何やっているのよ~頭打たなかった?大丈夫?」びっくりして走り寄りました。右足首はパックリ口があいてピンク色です。10センチは切れています。「立てる?」「立てないよ~」「お姉ちゃん何やっているのよ、あんたが不注意だからまだ足が残っているのに閉めたんでしょう、もう~今日のプールはお休み、洗面所から綺麗なタオル持ってきて」タオルで傷口を押えさせ、弟を車からおろし、面倒をみているようにと長女に念を押して家に入れ、次女を近くの外科に連れ入ていきました。

次女は痛くて歩けないと言うのでおんぶして診察室に入りました。頭は打ってないか、出血量は大丈夫なのか頭の中は真っ白でした。頭も出血量もたいした事はなかったのですが外傷を伴うアキレス腱断裂でした。縫合手術をして包帯の様なギブスを足の付け根まで巻き上げられました。1週間後に膝下のギブスに巻き直すそうで1週間は不便だけど頑張りなさいと言われました。

トイレに行くのもお風呂に入るのも眠るのも補助してあげないと何もできません。可哀想に部屋の中をいざって移動しています。明日からの小学校はどうするのか?弟が1歳で手がかかるのにどうして良いのか茫然としてしまいました。学校の先生と相談して2日休んで登校しました。長女に弟を見て貰い次女をおんぶして教室のある2階まで送りました。下校時も教室まで迎えに行きおんぶして下ろしました。同じクラスのお友達が次女のランドセルや息子の手をひいてくれ手助けしてくれました。足の付け根までのギブスを巻かれている間はずっとおんぶして送り迎えしていました。

私が思う、赤ちゃんの夏の外出対策

赤ちゃんは体温調節機能がまだ整っていないため、ママが気を配ってあげる必要があります。夏の暑い日の外出は、歩いている大人とは違った目線で見てあげることが大事です。

ベビーカーでのお出かけの際は、歩いている場合と違って位置が低いため、温度は高く感じます。まず背中を冷やすために保冷剤を入れられる、ベビーカー用保冷シートを使用していました。カンガルーの絵がかいてありました。保冷剤が硬くなると赤ちゃんのすわり心地が悪くなるので、柔らかいジェルタイプがお勧めです。それからベビーカーの帆よりも大きな、紫外線カット機能のある日よけカバーを使用していました。黒くて大きいので効果がありそうです。赤ちゃんが眠ってしまった時にも幅広くカバーできるので、便利でした。私は普通のマクラーレンのベビーカーを使用していましたが、座る位置の高いベビーカー(エアバギーやクイニー)は、アスファルトの熱からも赤ちゃんを遠ざけられるので良いのではないかと感じました。

服装は、暑い夏はなるべく薄手で手足も出してあげたほうが良いと思います。ただ虫などに刺されないよう注意することと、建物に入った時には温度差で風邪をひかないように、かけるものや羽織るものを持っていると安心です。

抱っこひもは、ママに密着しているので暑そうですが、ベビーカーに比べると暑さはまだましな気がします。でも時々は抱っこひもから出してあげて、休憩させてあげると良いと思います。頭までカバーされている抱っこひもやスリングはちょっと暑そうなので、風通しの良い生地(メッシュ素材など)や作りの物が選べると良いと思います。

赤ちゃんはとても汗っかきなので、あせもを防ぐためにも、濡れタオルを持ち歩くことをお勧めします。汗をかいた後に冷えたタオルで拭いてあげると熱中症対策にもなります。また水分補給は大事ですので、飲み物を飲める赤ちゃんは飲み物を忘れずに持ち歩き、授乳中の赤ちゃんは授乳スペースを考えた外出をしましょう。

ただ、最近の暑さは異常な時があります。様子を見てあまりにも暑い日は赤ちゃんも疲れてしまうので、どうしても、という場合以外は外出を見合わせる事も視野に入れましょう。

産後を侮ることなかれ

産後の不調で一番最初に感じたのが、パソコンや携帯のディスプレイを見ていられないことでした。生まれたばかりの我が子の写真を両親に送ろうと思ってメールを書こうとしたら、2、3文字入力しただけで目が疲れてしまい、送れない状態が3日程続きました。なんでこんなに疲れるのか不思議でたまりませんでした。その後も長時間ディスプレイを見ていることができない日々が1ヶ月位続きました。おかげで、その間はテレビとも無縁の生活になりました。ということで、昼間は夫が仕事なので、子どもと二人っきりの静かな生活が続きました。

次に感じた産後の不調としては、接触性皮膚炎になったことでした。ちょうど出産して10日もたった頃、義母が手伝いに来てくれることになり、いくら出産直後だとは言え、義母が来るのだからとお風呂掃除を念入りにしました。そうしたらその翌日になって、両足の裏全体に赤い細かなブツブツがたくさんできていました。なんの病気なのか、生まれたばかりの子どもにうつしたら大変だと思い、慌てて皮膚科に行くと、「何か洗剤などにかぶれたのかもしれないね。」とのことでした。まさに、前日にお風呂掃除をしたので、それが原因ではないかと思いました。産前は皮膚には自信があり皮膚科には縁がなかったのに、産前と同じことをしてもトラブルになると思ったら本当にショックでした。

その後に感じた不調としては、頻尿でした。尿漏れすらすることもありました。産後、2週間位は家にいることが多かったのでトイレに行くことはそんなに苦にはならなかったのですが、その後は1時間位の買い物に行く際にでも途中でトイレに行きたくなるほどでホトホト困りました。子どもをだっこしているので、トイレに行くにも一苦労、簡易ベビーベッドがある個室を探さなくてはいけなくて、何度も漏らしそうになってヒヤヒヤしました。まさか人様の前で漏らすわけにもいかず、本当に切実な問題だったので、骨盤底筋を鍛える運動を寝る前に続けて、どうにかこうにか克服しました。

最後に感じた産後の不調は乳腺炎になったことでした。ちょうど子どもの一ヶ月検診の前日、39度を超える高熱を出しました。真冬で巷ではインフルエンザも流行っていたので「もしやインフルエンザでは?」と不安になりました。でも冷静になって考えてみると右胸の周りだけが熱くなっていることに気づきました。折よく一ヶ月検診で相談してみると、「乳腺炎ですね。痛くないですか?」と指摘されました。まさにその通りで、おっぱいがカチカチになっていて痛いし、すごく熱を持っていました。私が抱きやすいこともあって右のおっぱいからばかり飲ませていたことが原因のようでした。薬を飲むと子どもに影響があると思い、頻繁に飲ませることとマッサージを繰り返して治しました。

産後って、自分が思っている以上に弱っていることがわかりました。3週間して床上げすると聞きますが、理にかなっている言葉だと実感しました。

妊娠中の夫の浮気

私は、次女を妊娠中に夫に浮気をされました。

元々長女を立ち会い出産した後は、性生活が二度しかなくて、その一回で次女を授かったんです。

その時は長女の子育てで手一杯で、夫を省みる余裕は全く無かったんです。

そして次女を妊娠して、安定期に入った頃から夫が仕事から帰るのが遅くなってきました。

いつもなら、遅くても8時に帰ってくるし酒を飲む事もしない夫です。

最初は後輩の仕事の悩みを聞きながら飲むと言う事だったので、夕飯もいらないと言われて楽だとしか思って無かったんです。

きちんと遅くなると電話もあったし、十時には帰ってきてたから疑う事も無かったのですが、それが電話があっても予定時間に帰って来なくなり、果ては電話も無しで午前様になるようになりました。

流石におかしいと思ったし、飲みに行ってる割にはお小遣いの増額とかは言われないのが不思議だと思いました。

それでいけない事だと分かりながらも、携帯をチェックしてしまったんです。

ロックもかけていない夫の携帯には、浮気をしているメールの山でした。

名前こそ偽名で男性になっていましたが、中身を見たら一目瞭然です。

一番ショックだったのは、私の立ち会い出産をしたから性的にダメになったのが、浮気相手なら大丈夫だとか、離婚するから一緒になろうといったメールでした。

立ち会い出産は夫が望んだ事ですし、不能になったわけでもないのに浮気相手にそう言っている事がとてもショックだったんです。

お風呂から出てきた夫に、浮気相手と一緒になりたいのかを聞きました。

夫は携帯を見た事に怒ると思ったのですが、怒るよりも焦って動揺していました。

別れるなら次女の認知だけはお願いしますと言ったら、いきなり謝られ別れないと言われたんです。

だったら、この離婚するってメールは何かと聞いたら、勢いで打ってしまっただけで、遊びだと開き直ったんです。

正直言って、この態度には呆れました。

じゃあ浮気相手に嘘をついたのか、どこの誰なのか、浮気相手も遊びなのかを立て続けに聞いたら、夫は黙ってしまったんです。

幸い私の実家は近いので、直ぐに荷物を纏めて実家に帰りました。

そこから長女を幼稚園まで迎えに行ったら、夫が仕事を休んできてました。

再構築はしましたが、今でも忘れられない出来事です。

里帰り中に自宅に女を連れ込んだ夫と離婚しました

結婚と同時に新築マンションを購入しました。新築マンションということで、ご近所づきあいもかなり親密で、特に妊娠が分かってからは、同じ時期に妊娠したママやすでに子どもがいるママたちとはかなり仲が良くなりました。マンション内では家族ぐるみでおつきあいしている人も何人かいるような状態でした。

私は結婚してマンションを購入してすぐに、第一子を妊娠しました。初めての子どもということで、里帰りをすることになりました。自宅から里帰りする実家までは車で4時間ちかくかかります。また、出産する産婦人科の意向で8か月くらいから里帰りしなくてはならず、結局自宅を4か月近くあけることになってしまいました。

夫は赤ちゃんが大好きで、もともと早く子どもがほしいと言っていました。里帰りして出産するまでは実家に、私に会いに来たりはしませんでしたが、子どもが生まれてからは、仕事が休みの時は必ず会いに来ていました。だいたい毎週1回は実家に会いに来ていたと思います。そして早く戻ってきてほしいということをいつも言っていました。出産前も出産後も毎日電話していましたし、まさか夫が里帰り中に浮気をしているとは夢にも思いませんでした。

夫の浮気が発覚したのは、同じマンションに住むママ友からの話でした。同じフロアに幼稚園に通う子どもがいるママ友がいて、結構仲がよかったのですが、そのママ友が夫が女性を自宅に連れ込んでいるところを何回か目撃していたのです。初めて見たときは家族だろうと思っていたそうなのですが、何度か酔っぱらってとても親密そうにしている二人を目撃して浮気と確信したそうです。黙っていようかとも思ったけど、自宅に浮気相手を連れ込んだのは同じ主婦として絶対に許せないし、そんな家に私が幸せそうに住んでいることを見れなかったとママ友は泣いていました。

夫に問い詰めたところ、同じ会社の後輩を連れ込んでいたと白状しました。妻が命がけで子どもを産んでいるときに浮気され、しかも自宅にまで連れ込まれて、本当に当時は鬱になるくらいショックでした。

結局夫とはやり直すことができず、夫が浮気を認めた直後に実家に帰りました。実家の両親にすべて話すと両親も激怒して離婚するように言われました。夫からはやり直したいといわれましたが、顔を見るのも気持ち悪くなっていたので離婚した現在、とても幸せです。

産後の急激な変化について

妊娠は女性の体が想像以上に変化していきます。出産してすぐに元に戻るわけではなく、数カ月かけて少しづつ妊娠前の体に戻ります。その過程で様々な体の不調が起ります。私は3人の出産を経験しました。その時の経験を説明したいと思います。

・腹痛
産後すぐは、妊娠で大きくなっていた子宮が急激に戻る事による腹痛が激しいです。子供を産むにつれ痛みは強いと言われています。実際3人目の時は陣痛より後陣痛の方が辛かった記憶があります。これについては入院中は痛み止めを処方してもらう事ができます。そして徐々に痛みも和らいでいきます(私は1ヶ月程度)

・寝不足による頭痛・めまい
初めての出産は『寝不足』との戦いです。今まで自分の好きな様に寝ていた生活から子供の時間に合わせ起きなくてはいけません。2~3時間おきの授乳による寝不足で、私は頭痛やめまいがありました。初めての子供の時は、母親になったんだから自分が頑張らなくてはと気負い過ぎていましたが、たまにはミルクをお願いしてまとまって睡眠をとる事も大切だと思いました。

・抜け毛
産後数カ月すると抜け毛がひどい時期があります。出産により増えていた女性ホルモンが、急激に減少する事により起ります。
シャンプーの後にあまりの抜け毛の量にとても驚いた記憶があります。通常はしばらくすると元にもどりますが、その時はこのまま抜け続けるのだろうかと不安になりました。

・疲労感→甲状腺疾患
私は産後何カ月経過しても、休養をとってもなかなか疲労感が抜けませんでした。でも慣れない子育てで疲れているだけだと思っていました。そんな時健康診断を受け、甲状腺疾患が見つかりました。産後のホルモンの乱れで女性ホルモンが通常より少なくなっているという事でした。

女性で今まで通常だったホルモンが減少する原因の多くは出産という事でした。ホルモンを補う薬を服用する事で徐々に疲労感もなくなっていき、数値も元に戻りました。育児は疲れて当たり前と思っていても、あまりに続く時は私の様に何か他に原因がある時もあります。

上記は体調の不調の全てではありませんが、改めて女性が妊娠・出産をする事は体に大きな変化と負担がかかる事だと思いました。

二人目はどうしても女の子が良かった

1人の時妊娠して元気ならば女の子でも男の子でもどっちでもいいななんて思っていました。出産して子育てをしていると男の子は男の子で可愛いんです。やんちゃで甘えん坊で泣き虫でママ大好きな男の子です。

でも、お友達が女の子を出産して成長している姿を見ると女の子は女の子なりの可愛いさがあります。

一番はやっぱり服ですね。

女の子の服って可愛いのが沢山あって男の子の服よりも目をひきます。髪の毛を結んでみたり編んでみたりとオシャレするのが楽しいです。だから、二人目は女の子がいいなと思い始めました。私たち夫婦は夜の営みが月1程度でした。その中で産み分けをするのは困難なのかなとも思いましたがやってみないと分からないので私なりに調べて実践してみました。

それは、排卵日の2.3日前に行為をするといういたって簡単なことです。

女の子になる精子は男の子になる精子よりも長生きをすると聞いたので排卵日2.3日前に行為をすれば受精する頃に男の子になる精子は女の子になる精子よりも減るという事になります。

なので排卵日の2.3日前に行為をして男の子になる精子を減らせば女の子になる精子の方が受精しやすくなります。もちろん100%ではないです。私はたったこれだけのことでしたが女の子を妊娠することができました。

良く、1人目の襟足がまとまっていたら二人目は男の子と聞きます。私の1人目の息子の襟足も綺麗に真ん中でまとまっているので二人目もきっと男の子なんだろうなと半信半疑で産み分けに挑戦しました。それで二人目が女の子だと分かり、襟足の話はなんの根拠もないんだとわかりましたね。

排卵日がいつなのかを知るにはおりものを観察すると良く分かります。排卵日が近くなると透明で伸びるおりものが出始めるのです。そうしたら行為をするといいと思います。排卵日当日あたりのおりものは一番おりものが伸びます。まるでスライムのような感じです。これはネットで調べて私が実際にやってみたので当たっていると思います。

産み分けは体質などにもよるかと思いますが性別にこだわる方はやってみてください。もう一度言いますが100%ではないです。でも、やらないよりはやってみるのが一番だと思います。

伝わらない悲しさ

私は結婚後も仕事を続けたいという意思いが強く、夫には子どもを待ってもらっている状態だったのですが、夫はずっと子どもを望んでいたため結婚3年目に妊活を始め、3ヶ月後には赤ちゃんを授かることができました。妊娠の報告をした時はとても喜んでくれて、これからは家族3人でいろんなことを乗り越えていこうと言ってくれたことは、涙が出るほど嬉しかったのを覚えています。妊娠周期が進むにつれてつわりの症状が出始めたのですが、私はその症状が少し重く食べ物を全く受け付けないのはもちろん、水を飲んでも吐いてしまう時期が続き、定期的に点滴してもらいに受診していました。

しかし夫はいつもと変わらない生活を続けていました。つわりがひどくて点滴を受けに行っていることを伝えると、口では「無理せずゆっくりしてね」と一見優しい言葉をかけてくれるのですが、そのあとに「家事はできる時にやってくれたらいいから」と優しい口調で言ったのです。

確かに今まで共働きでも家事はほぼ私がやっていました。なので夫は家事はほとんどできません。

しかし今はその時とは状況が違うことに気づいていないのです。そしてご飯の臭いを嗅ぐだけでも吐き気のする私に、普段のように「ご飯おかわり」と茶碗を渡すのです。もちろん私は食べられないので夫の食事の準備をしたらリビングに避難している状態なのに。極めつけは、体調が悪く食事の準備ができなかったときに、私のとなりで臭いの強いカップ麺を食べ始めたのです。つわりの経験はなくてもこの辛さがどうして全く伝わらないのか、怒りを通り越して悲しくなりました。

夫は優しい人で、私が家事ができてないことも朝起きられないことも怒ったことはありません。口調も穏やかで優しい言葉もかけてくれます。でもただそばにいてほしいと思っても頻繁に飲み会に参加し深夜に帰ったきたり、吐き気をこらえている私のそばで食事をしたりできるのです。夫の優しい言葉も心からではなく口だけなんだと思うとますます悲しくてたまりませんでした。

3カ月以上続いたつわりも落ち着き少し妊娠生活が楽になったのもつかの間、お腹の張りが強くなり切迫早産の診断を受けてしまいました。

里帰り出産の予定だったので早めに仕事を休み実家に帰ることとなったのですが、このときも「大丈夫?」と尋ねるばかりの夫。私は赤ちゃんのことが心配で不安でたまらないのにそのことは察してくれず、里帰りの準備も1人でし「気をつけてね」という夫の優しい言葉に見送られ実家まで4時間以上かかる距離を1人で帰りました。子どもを強く望んでいたのは夫なのに父になる自覚が全くなく今までと何も変わらない夫と母になろうとする私の違いすぎる価値観・温度差に最も困りました。

周りのプレッシャーと自分自身へのプレッシャー

7年間お付き合いをし、私は28歳の時に結婚しました。結婚したのを機に、旦那と子作りを解禁しました。でも一年経っても二年経っても子供は授かりませんでした。私も旦那も子供が欲しいと思っていたのですが思ったようにはいかなかったのです。最初の半年は妊娠しなくても気にせず過ごしていましたが、さすがに一年過ぎると気にせずにはいられませんでした。

お正月やお彼岸などで実家に行くとどちらの両親からも結婚して一年経った頃から孫の顔が見たいとか、孫の話をよくされるようになり、気持ちはわからなくもないですが私も子供が欲しいのにそんなこと言われたってと悔しい気持ちと苛立ちとでものすごく嫌でした。不妊という言葉が頭の中を駆け巡り、産婦人科に行って検査を受けようかと思いましたが、そこで自分に不妊の原因があるとわかったら治療法や妊娠に向かう別の方法があるのかもしれませんが、その事実を知ることがとても怖くてたまりませんでした。

ネットで2年間自然に妊娠できなければ不妊の可能性が高いという情報をみて、二年経とうとしていたある日思い切って産婦人科に行き、様々な検査をしてもらいました。結果、私に特に異常は見られませんでした。旦那は不妊が自分が原因だとかそんなことはまだ考えたくないし、受け入れられないようでその時は検査を受けることはなく、妊娠するにはどうしたらよいかとか、ネットで情報を探しているのは結局私自分だけで、悩んでいるのも自分だけなのかと虚しい気持ちにもなりましたがとにかく一歩前進したくて行ったのです。

そんな旦那だったので旦那が不妊の原因だったらもう一生子供は無理なのかも…と思ったら涙が止まらなく、鬱々とした日々を過ごしました。けれど時が経つにつれてこのままでは私の人生ものすごくつまらないものになってしまうと思い、子ども子どもと妊娠だけを考える生活は辞めようと思えるようになりました。そこからは趣味のネイルを勉強士試験を受けたり、旅行に行ったりして過ごしました。旦那が私の誕生日にプレゼントしてくれた沖縄旅行、その時に赤ちゃんを授かることができました。心のどこかで妊娠できたらという思いがなかったわけではありませんが、排卵日は過ぎていたはずだったので妊娠したという事実にびっくりしました。結婚して5年目のことです。心が苦しかったことたくさんあったけれど、授かることができて本当に良かった…それまでは思い詰めていたので妊娠できなかったのかもしれませんね。心穏やかであることの大切さに気が付きました。